神の恵み・・・気胸による特別休暇


1 最初の気胸 

22年1月10日のブログで、「祝休日がとてもとても待ち遠しい!」と子供みたいに祝休日を待ち望む私のことを書いた。そうすると、どうだろう。その途端、一度も耳にしたこともない「気胸」という病気を罹患した。人の運命を操っている神様が、神の恵みとして治療入院という「特別休暇」を与えて下さったのか、それとも、並みはずれた労働を強いて、自分の身体を酷使することに対して天罰をくだされたのか?

 気胸は3月2日夜私を襲った。午後9時頃自宅でFAX中、突然胸苦しくなり、数分のうちに呼吸困難に陥った。最初は心筋梗塞の激痛と直感、直ちにニトロを舌下したが、収まらなかった。そこで、救急車で済生会二日市病院に急行した。到着まで約12分程度。その間死を予感するほどの苦しさに耐えかねて、2回にわたり沈痛な声で、「俺の人生もこれで終わりか!」と叫んだ。今他界すれば、やり残すことが山ほどあって、無念至極だという叫びである。
 
c0166418_20175574.jpg 病院に着くと、緊急治療室でレントゲン撮影による診察が行なわれ、「気胸」と診断された。直ちに医師は胸に穴を開けて、ドレイン(管)を突っ込み、肺から空気を抜き取る緊急手術を実施した。すると、これまでの呼吸が嘘のように楽になったが、即入院となり、翌日から気胸の治療を受けた。
 気胸とは、弾力性を失った肺胞のブラ(紙風船のように伸縮しなくなった肺胞)が破裂して、そこから空気が肺内に侵入。その空気が肺を圧迫して呼吸困難になる病気である。その治療として、破けたブラの切除手術を実施する方法と、破けたブラの穴の自然閉塞を待つ方法がある。私の場合、破けたブラの場所が、私の心臓に密着していたため、病院は万一の事態を予想して、ブラの切除手術を見送り、自然の治癒力でブラの破れ口が閉塞する後者の方法を採用した。
やがて、右肺に入り込んだ空気がドレインで肺の外に排出され。3,4日間で破れたブラの破れ口も自然に閉塞したので、3月9日には目出度く退院することができた。

2 気胸の再発

破けたブラの自然閉塞を待つ方法の短所は、ある確率で気胸が再発することである。その再発を防止するため、退院直後から心臓に負担をかける激しい運動と仕事のやり過ぎによる過労を避けてきた。何とか健康は小康状態を保ち、仕事も平常とおり処理できたが、体調は優れず、健康不安から睡眠不足になる日も生じた。
そして、任意後見契約等の事件受託で、多忙を日々を送っていた最中の4月9日、一瞬の気の緩みから、1階から3階までの階段を一気に駆け昇ったそのとき、激しい心臓の鼓動に見舞われ、身体に異状を感じた。それでも、翌日は体調不良のまま、熊本に出張、これまで努力を積み重ねた「熊本後見NPO」の創立総会に出席。その後も2,3日間は、何とか持ちこたえたが、自宅階段を上がるのさえ激しい動悸を感じるに至り、遂に4月13日済生会病院に駆け込んだ。そして、気胸の再発を知った。

しかし、今回は幸いなことに、最初の気胸と違って、死ぬほどの呼吸困難はなかった。ブラの破れ口から侵入した空気が、右肺にできた防御壁のため、1部分に溜まり、右肺全体に広がっていなかったためである。
この再発の治療方法は、右肺に入り込んだ空気をドレインで排出するのではなく、入院による静養によって肺からの空気の自然流失と、破れたブラの自然閉塞を待つことであった。やがて、特別の治療や服薬もせずに、自然の治癒力により空気も抜け、ブラの破れ口も閉塞した。これで快復、入院4日後の4月17日には退院できた。

3 3回目の気胸
 
2度あることは3度ある。6月14日安心サポートネットの定期刊行物「安心の広場」(福岡と熊本の合併号)の原稿を数時間かけて精力的に決裁し、午後4時半から「後見事務指導監督研究会」の司会をこなして帰宅、その夜半のワールドカップ「日本・カメルーン戦」の観戦で興奮、胸の異状を感じて、「またやった。」と予感した。
その翌日から体調が悪化し、妻の運転で熊本出張して法律相談を受ける等したものの、息切れがきつく、遂に6月17日西本病院に駆け込んで、3度目の気胸が判明した。すぐに済生会病院に入院、精密検査では2回目と同様、右肺の1部に空気が滞留し、肺内に空気の広がりを防ぐ防御壁ができていた。

気胸が連続3回も発生しているので、医師はブラの摘出手術を検討したが、前回同様、「ブラが心臓に近い。」いう理由で見送られた。従って、2回目の入院と同じく、治療は、安静により侵入した空気が自然と肺外に流出され、ブラの破れ口が自然と閉塞するのを待つ方法がとられた。症状は順調に快復して、1週間の入院で6月24日には退院できた。

4 4回目の気胸
 
4回目の気胸は8月7日に襲ってきた。当日は当法人が主催している「第3回市民後見人育成研修」の目玉であるシンポジュウムの日だった。このシンポは福岡市の天神ビルで開催、私が「地域後見」をテーマにした基調講演を行い、パネリスト6名、参加者200名、当法人が特に注力した企画で、大規模なシンポだった。だから、「シンポ終了までは、絶対に気胸になれない。」と強い心を持ち続けたが、残念ながら終了直後に気胸が発症した。しかし、終了後だったことがせめてもの慰めだった。

 4回目の気胸は、2回目、3回目のように右肺の1部だけに空気が侵入したのと違って、右肺全面に空気が侵入、初回の気胸より弱めだが、体を動かすことができない程、呼吸が苦しかった。直ちに、救急車で搬送されたのは、二日市の済生会病院ではなく、福岡市の済生会病院である。直ちに気胸と診断され、右胸から空気を抜くドレインが差し込まれて、その日から入院となった。

5 ブラの摘出手術と膿胸治療
 
気胸を連続3回も経験していれば、4回目の気胸の治療は、空気侵入の元凶たるブラの摘出手術を実施する以外選択肢はない。今回の病院は、救急病院として福岡市でトップ級の評価のある済生会病院である。
病院側からは、すぐにブラの摘出手術が提案され、その実施が決定された。ところが、入院して2日後、38度5分の熱がでた。不運なことに、ドレインを通じて黄色ブドウ球菌が胸腔内に「院内感染」していることが判明した。 胸腔内に細菌が感染している病名を「膿胸」といい、この球菌が多剤耐性菌であれば、死も想定される、ゆゆしき一大事である。直ちに、その球菌を死滅させるため、殺菌効果の強い抗生物質が投与された。

 手術日は8月12日、手術は、「破れそうなブラの摘出手術と胸腔内の球菌を洗い流す肺の洗浄」の2つの目的のために行なわれた。気胸の方は、手術は成功し、やがて破れそうなブラは一掃されたが、胸腔内球菌の方は、肺を洗浄しても、球菌の一部は流し落とされずに、発熱が続いた。
 最初服用の抗生物質に効き目がないことが判明、違う種類の抗生物質が投与された。しかし、これも効き目がなかった。この段階での治療法は、胸腔内球菌に効き目のある抗生物質を探し当て、その投与で治療するしかない・・・。だとすると、入院していても無駄なので、8月24日に退院、同時に、効き目に定評がある3番目の抗生物質の服用を開始した。幸運にも、この服用によって体温も平熱となり、白血球も減少した。そして、9月3日の済生会病院での検査で、胸腔内球菌が衰滅していることが確認された。

終りよければ、すべてよし!で、一時期多剤耐性菌の院内感染かと心配したことも、すべて忘れて、手術レベルの高い福岡市の済生会病院に入院できたことが、「ブラ退治」の幸運にめぐり合えたわけだから、同病院と担当の島松医師に心から感謝したい。また、同病院入院のきっかけとなった福岡天神ビルにおけるシンポジュウムの開催が、4回目の気胸発症の原因となったわけだから、このシンポ計画とその実現に払った努力も大いに報いられた。

6 業務面の影響を最小限に
 
ところで、担当医師は「デスクワークは、静養のうち。」と助言、私はこれ幸いに、病院では個室を確保し、書類を持ち込んで、努めて当法人の運営に支障が出ないよう、必要な業務を処理してきた。しかし、何と言っても、3月2日の気胸の発生から9月3日の終息まで半年間、当法人のトップリーダーが、一風変った闘病生活を送ったのである。その間、「安心サポートネットグループ」の役員を始め、会員、支援者の皆さんには、大変なご迷惑をおかけした。先ず、このことを心からお詫びしたい。と同時に、円滑な事業運営のため、大変なご尽力とご支援をいただいたことを深謝したい。特に、突然気胸に襲われたため、再三私の職務の身代わりをお願いした。快く引き受けていただいたため、支障なくことが運んだ。お蔭様で業務面の影響を最小限に抑えることができたことを心から喜びたい。誠に有り難いことだ。

さて、この気胸は、何時、どこで、どんな状態のとき、発症するか判らない。ブラが破れて、不幸にして空気が急速に肺全体に広がり、呼吸困難になったら、発症後2,30分内に総合病院に搬送されない限り、死に至ることになる。ところが、私の場合、マイカーで自動車道や都市高速道を走り、福岡市や熊本市に所在する当法人事務所や相談会場又は遠く離れた山奥の施設で仕事することもしばしばである。従って、もしマイカー運転中に気胸で呼吸困難となれば、死に至るリスクは避けられない。
そのため、私がマイカーを利用して遠距離出張するときは、妻が運転し、私が同乗して出張した。万一の発症の場合、安全に総合病院に直行するための措置である。妻にとって半年間の身代わり運転は、運転の重荷のほか、その1日中の家事を犠牲にしたから、大変な負担になったに違いないが、何時も快く引き受けてくれた。このことも、業務面の影響を最小限に抑えることができた1つの要因として、心から感謝したい。

7 気胸から学び取る健康上の教訓

c0166418_19464572.jpg この度の気胸では、私の健康について家族は勿論のこと、安心サポートネットグループや支援者、友人・知人の沢山の皆さんに大変な心配をかけたこと、及び、神の恵みにより「気胸」という大変厳しい試練を与えられたことに応えるために、何が何でも、私はこの試練から貴重な教訓を学び取らなければならない。健康を保持するためには、どうしたらよいか?

神は、私が長時間精神集中をして仕事をしたり、過労状態になったりしたとき、その都度、天罰を下すかのように、4回も苦しい気胸を発症させた。それから得られる教訓は、「長時間の精神集中による仕事のやり過ぎは、私の現在の身体にマッチしなくなっている。」、換言すれば、私には「適当に仕事と休養と睡眠のバランスが採れた生活が必要である。」ということである。この教訓だと、皆さんには当たり前のことだが、私には難しいことだった。そこで、このことを、私の頭ではなく、身体で覚えるまで教えてくれたものと思う。誓って、その教訓は守り抜きたい。
以 上
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by seinen-kouken | 2011-01-30 16:58 | 随想


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