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ボロボロの写真帖


c0166418_20241414.gif1 主人公淑子は、年齢は50歳代半ばぐらい。20歳ぐらいのときに、統合失調症を発症し、それ以降現在まで、長年病院で治療生活を送ってきた。
 病院では淑子は、動作は鈍く、歩行はあちこち歩けるが、生活自体は自立ができず、食事、入浴、排泄は、看護師等の介助をうけている。また、幻想、幻聴があり、ときに大声で喚くことがあって、これが同室者の迷惑になるという理由で、現在は、殺風景な4畳半の個室が与えられ、そこで一人で寝起きしている。
 淑子には実の姉が1人居るが、彼女と同じ病気で、他の施設に入所して居る。淑子の方は姉が居ることを知っているが、姉の方は妹のことを何も知らないと答えているので、2人が会って、話す機会はない。淑子の母親は、淑子が25歳のときに、娘2人の看病疲れで、病気になって死別した。父親は母親無き後の娘たちの面倒をみるため、孤軍奮闘したが、淑子が45歳のときに、脳溢血でこの世を去った。淑子は、全く可愛いそうな、孤独な身の上である。

2 私は縁有って、3年前から彼女の成年後見人として本人の身上監護や財産管理を担当している関係で、月1回は入院先を訪ね、彼女と面談している。
 面談では、私が、身体の調子は?と聞くと、「普通」、身体の悪いところは?と聞くと、「どこも悪くない。」 何か欲しいものは?「何もない」と、素っ気なく答えるだけで、一切無駄なことは喋らない。彼女と何か気持の通じ合えることがあるとすれば、別れ際に私が何回も手を振ってバイバイというと、彼女も不器用に片手を左右に振って応えるだけである

3 こんな状況なので、2人がお互いの喜びや悲しみを共有することもなく、無味乾燥な面談が2年間も続いた。そんなある日、いつものように病院に赴き、面会を申し出て、看護師に案内を頼み、淑子の部屋のドアをノックして開けてもらった。そして、何気なく中を覗くと、珍しいことに彼女が何かを食い入るように眺めていた。それが厚さ3センチほどの写真帖であることは、すぐ判った。即座に、「私にもその写真帖を見せて欲しい。」と頼んだ。私を見て、すぐ隠そうとしたが、私の迫力に押されて、嫌々ながら見せてくれた。
 とても古びた写真帖で、手垢で汚れ、台紙がこすれて、擦り減っていた。一目見て、この写真帖は,何百回、何千回となく、繰り返しめくられ、眺められたものであることは、すぐわかった。

4 写真帖をめくると、最初に目に飛び込んできたのは、淑子姉妹が前列、両親が後列に並んだ家族4人の写真だった。働き盛りの元気者の父親、優しく明るい感じのする母親、伸び伸びと育った、仲の良さそうな中小学生の姉妹の写真である。この写真の前後には、淑子の幼児、幼稚園、小中学校時代や中学のバレー選手だったときの写真も貼ってあった。また、元気な家族4人の明るい写真が何枚も貼ってあった。私は、これまでこんなに幸福そうで、健康に溢れた写真を見たことがない。私は夢中になって、その写真帖を見入った。なんとも名状しがたい感情に襲われた。
 「何時もこの写真帖は見ているの?」、彼女は「そうだ。」とうなずいた。淑子がこの写真帖をどんな気持で眺めているのか? その気持を推測する度に、目頭が熱くなって、胸が締め付けられる。

5 私は、後見人に就任するとき、淑子の叔父から次のような話を聞いた。「母親は、2人の娘の悲運を嘆き、日夜療養看護に明け暮れていたし、また、父親は、姉と妹の所有名義で多額の預貯金や有価証券を残しているが、それは、父親が親なき後を心配し、猛烈に働いて、2人の娘が一生苦労しないよう蓄財に努めた結果であると。」
 この写真帖は恐らく母親が作成し、「お父さんとお母さんは、何時も淑子ちゃんの傍に居るのよ。」と言って、本人に持たせた唯一つの「お守り」に相違ない。どんな思いで、この写真帖を持たせたか、母親の心境を推し量ると、悲しみを乗り越えて、想像を絶するものがある。
 
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by seinen-kouken | 2009-01-20 21:23 | 随想