石の上にも3年

c0166418_2151266.jpg 「石の上にも3年」という言葉は、世間ではよく使う言葉で、石のうえでも、3年続けて座れば、温まるとの意味から、「我慢してじっと辛抱すれば、必ず、最後には報いられる。」 という諺です。
 安心サポートネットは、平成16年5月29日創立総会を開催しました。私はその冒頭の挨拶で、この諺を引用して、発足当初からお客さんも来ない、する仕事もないというような、真冬の寒々とした状況が長く続いても、耐えに耐え、辛抱に辛抱を重ねていこう!そうすれば、やがて春がやってくる、と会員の皆さんに呼びかけました。
 しかし、幸いにも、当法人は冬枯れの厳しい時期を経験することなく、お客さんも沢山来てくれて、仕事も結構受託しました。その上、幸運にも新聞やテレビ等のメディアからも、暖かく迎えられました。その後の経過も順調に推移し、「石ノ上にも3年」という諺は、当法人には縁がないように見えました。

 しかし、そうは問屋が卸さない。平成19年11月に開設した当法人の熊本出張所は、まさに「石ノ上にも3年」 という諺が、ぴったり当てはまる程、お客さんが滅多に来なければ、仕事もこない、じっと辛抱して待つ、という状態に陥ったわけです。
 この事態を打開するには、どうしたらよいでしょうか?
 選択肢は2つ。その1は、仕事の受託のための宣伝を行って、仕事が来るのを辛抱強く待つ。その2は、仕事の受託宣伝よりも、熊本市民に役に立つ事業を行って、その信頼を得ることに力点を置く。 どの道3年間も辛抱することになるのなら、熊本市民に役立つ後者の方法を選択するのが賢明だと思います。

 判断能力が不十分になった熊本市民の高齢者や障害者を熊本市民の力で面倒をみる。このシステムを実現するためには、熊本市民から多数の後見人を育成することが必要です。そのことを実現できる唯一の道は、熊本市で「成年後見人等育成研修」を実施することです。この種の広範で専門性の高い研修は並大抵の団体では、到底実施することが困難です。それだけに、この研修が実現すると、熊本市民には朗報で、貴重なプレゼントになるばかりか、熊本市民の皆さんの当法人に対する信頼も得られることになると思います。

 この研修は来年中頃までには、実施することを目途に、現時点から着実に準備していきたいと決意しています。

 注 平成20年11月には、当法人理事会で,熊本市において「成年後見人等育成研修」を実施  することを決定し、次いで、21年1月には【熊本版成年後見人等育成研修実施実施要綱】
  が定められて、間もなく受講者の募集が行われる予定です。
   同要綱によると、研修日は7日間、総研修時間は42時間、後見人等の職務の遂行に必要
  な広範な研修科目を質の高い、実務にも明るい講師陣が担当します。詳細は当法人のホー  ムページ (http://www1.odn.ne.jp/seinenkouken-npo/)を参照してください。
# by seinen-kouken | 2008-11-05 21:34 | 随想

見守り役が元気を貰う

 高齢者や病気を患っている一人暮らしの人の中には、いつどんなことが起きて、身体の自由が利かなくなったり、記憶がなくなったりするか、不安を感じているいる人が多い。そんな不安を解消するためには、どんなに思い掛けない事態が生じても、すぐに対応出るよう,予め対策を講じておくことが必要です。

 そのような対策の一つが、生活や健康を見守って欲しい人とそれを見守ってくれる見守り役とが見守り契約を結ぶ方法です。この契約を結びますと、一人暮らしの本人の生活や健康に異状が生じたら、その情報が速やかに見守り役に連絡されて、見守り役は生活や健康を守るために必要な措置を講じます。 

 ここに登場するBさんは、まだ50才代で年は若いが、治療の方法がなく、死に向かって刻々と悪化する、原因不明の重病患者です。そのBさんに「毎日が極度に不安だ。」と訴えられて、わが法人安心サポートネットは、本人と見守り契約と移行型の任意後見契約を結んだのです。

 Bさんの見守り役は私が担当。かくして、見守りがスタートしましたが、 Bさんは、「必要なときに、私の方から生活状況を報告するから、理事長は話相手に終始して下さい。」といって、毎月Bさんから電話がかかってきます。しかし、その電話は、スポーツの話ばかり。それも、大変なスポーツ通で知識も豊富だ。私自身も見るスポーツは大好きだし、熱烈なソフトバンクのファンだから、何時もスポーツ談義は愉快で賑やかだ。

 不治の病を抱え、何時暗転して死に直面するかもしれない身体ながら、何時もすこぶる元気で、底抜けに明るいBさん!やがて、私達はスポーツ談義だけでなく、野球を一緒に観戦したり、アメフットの躍動感溢れる応援合戦に熱中したりするようになりました。。そして、その直後に、私が体感することは、不思議に元気が倍増し、勇気と難局打開の挑戦力が湧いてくることです。

 そこで、何時も「いや、今日もまた、Bさんから元気を貰っちゃったな!」と感謝の念で一杯になって、独り言をつぶやくわけです。
# by seinen-kouken | 2008-09-23 19:28 | NPO

伊能忠敬の青春

c0166418_19531856.jpg  私は、安心サポートネットの事業を推進するに当り、困難に直面したり、気力を失ったりしたときに、よく伊能忠敬を思い出して、勇気や元気を与えて貰っています。この意味で、伊能忠敬は励みの源であり、元気の泉です。

 皆さんもご承知のとおり、伊能忠敬は、1745年現在の千葉県に生まれ、17歳で伊能家に婿養子となり、衰えかかった伊能家の酒造業を再興し、軌道に乗せました。これが彼の第一の人生です。その伊能家の家督と事業を50歳のときに長男に譲り、その後は全く専門外の天文、測量の術を志して、苦学を重ねてこれを修得しました。その後は、測量術を駆使、艱難辛苦して、蝦夷地を測量、次いで、日本全国を測量して、画期的で精度の高い全国地図を完成し、74歳で、この世を去りました。これが彼の第二の人生。この第二の人生における偉大なる業績は後世に伝えられ、日本は勿論、世界中から高い評価と賞賛を受けています。

 彼は人生を2度生きました。特に、50歳になって、第一の人生と全く異質で、桁外れに高度の知識と技術を修得して、人跡未踏の測量分野に強靭な使命感をもって挑戦いたしました。その原動力は、一体何だったのでしょうか?

 「伊能忠敬 九州測量日誌」(社団法人北九州測量協会)の小冊子には、人生を二度生きるその志として、人生を「生涯青春」として生きた人ではなかったかと書いて、西欧の詩人の次の言葉が書き添えてありました。
青春とは年齢ではない。青春とは何時までも少年のような好奇心と、胸の奥に沸々とたぎる情熱のある限り、青春である。
 現在は「人生80年」時代、伊能忠敬の生き方は、現代の方がよりマッチし、深い感銘を与えて止みません。ここに彼の生き方が常に私の先生であり、希望の星であり、勇気の源であり続ける理由があります。
 
# by seinen-kouken | 2008-09-17 21:49 | 随想

はじめまして

 私はNPO法人高齢者・障害者安心サポートネットの理事長です。

c0166418_14484059.jpg この安心サポートネットは、成年後見制度の活性化を旗印として設立しました。しかし、この素晴らしい成年後見制度も発足後8年が経過しました。それにもかかわらず、なぜかその利用が低調なのは、誠に残念です。

 その原因の1つは、制度の啓発宣伝不足だといわれていますが、何とか微力ながら、啓発宣伝のお役に立てればと思っています。

 そこで、「帽子おじさん」のペンネームで、これまで成年後見制度について、いろいろと学び、経験したことを伝えたいと思っています。

 ここで伝える話や情報は、NPO後見雑記帳という標題の中に記録したいと思っていますが、あくまで理事長の個人的な話や情報、それに私的な意見や感想に限定したいと思います。

 この日記では、できるだけ成年後見制度の周辺事情や裏話、制度にまつわる悲喜こもごものエピソードを書きたいと思っていますので、どうか皆さん、指導や助言をよろしくお願いします。
# by seinen-kouken | 2008-09-13 16:20 | 自己紹介